弁財天童子像建立之記


♪ イチオシポイント


・ドッシリとした重圧感と、それぞれの光沢ある像に見応えがあります。

・童子像の豊かな表情が良いです。


 平安時代中期に撰述せられた「江島縁起」は、天地開闢のことより説き起し、東海道相模国江ノ島が 天下の霊地たるを記述せられている。

 縁起に曰く、「欽明天皇13年卯月12日、戌刻より23日辰刻に至るまで、江野南海湖水湊口に雲霞暗く 蔽いて、天地震動すること十日に余れり。諸々の天衆龍神水火雷電山神類夜叉羅刹、雲上より 磐石をくだし海底より塊砂をふき出す。その後、竭雲収まり軽霞まきしりぞいて、海上に忽ちに 一つの嶋を成せり。即ち江野にまぞらえへて、これを江野嶋という。

 天女、雲上に顕れ、 白龍、十五童子を従へ、この嶋上に降居したまへり」とあり、弁財天が江ノ島に祀られることと なりしを伺い知ることが出来る。

 折りしも当神社御鎮座1450年を向へ、記念事業としてこの縁起に基づき、弁財天顕現の一場面を、篤志者の御浄財を以て石像にて奉製いたし、弁財天の無量無辺不可思議の功徳を後の世永く称え奉るべく、祈念建立いたすものなり。

 

江島神社宮司 相原圀彦

 

                「弁財天童子像建立之記」刻印説明文より引用



 見事に彫られた弁財天と童子、そして龍神の像があります。パンフレットの「江の島イラストマップ」には掲載されてませんが、思いっきり目立っていてドッシリとした重圧感が感じられます。